「勉強した方がいいよ」ってハズレの確率が低いだけ【言葉の影響について】

考え方

勉強しなよ、って結構言われる。

したいことないなら勉強しなって。でも、それだけが解みたいにみんな言うけど。

果たして正解の選択肢はそれだけなのか?ちょっと考えてみました。

「勉強しなよ」ってよく言われるよね

よく親や上司は「勉強しなよ」って言う。

小学生、中学生、高校生時代だったら、私のために選択肢を増やそうとしているのかなと考えられる。一般的に、ハズレの少ない(生きるのに困らない≒会社に入ってお給料をもらう)解は、勉強しておくことだから。

ただ、大人になっても勉強しろって言われるのはなんだろうとは感じる。

仕事はしているのだから、大それた「したいこと」がなくても、したくないことをしないという選択肢をとってもいいんじゃないかな。

その人が、別に自分の趣味とか家族との時間を大切にしているとしたら。

別に上司や先輩の立場から、「私は経験上勉強した方がいいと思うよ。」以上は何も言えないのじゃないか?

それは自分の経験上の話だから。逆に言うとそこまでしか言えないと思う。

人の人生とか考え方を強制することはできないと思う。

「勉強しろ」ってハズレの確率が低いよね

また、私が思うに、「勉強しろ」というのは比較的勝ちの確率が高い(ハズレの確率が低い)価値観の押し付けだと思う。

勉強すれば大体選択肢も増えるし、知識も増える、俗にいう”いい大学”に入って”いい会社”に入るができるからだ。

でもそのハズレの確率が低いという事実を実感知っている人はどれほどいるだろう。

勉強するという解しかない、と信じ切っていて、別の選択肢があると知らない。

それもそれで生きやすいのかも知れない。

人の価値観の上を生きてきて後悔した時

でもふとした時、上司や親の価値観の上の人生を生きていて、後悔することがあるかも知れない。

でも、ここで声を大にして言いたいのは「価値観を押し付けてきた人は、あなたの人生になんの責任も取る気はないし、そこまで深く考えていない」と言うこと。

そして、自分の言葉がきっかけで、他人の人生がよくない方向に変わったとした時に、その人は耐えられるかわからないなとも思う

例:資格勉強に励んだ後余命1ヶ月と宣告されたら

例えば、「勉強した方がいい、君が将来困る」と上司や家族に言われて、ちょっとモヤモヤするけどその人が言う通りに資格勉強に励んだとする。その後、資格は無事に取れた。

その後あなたが1ヶ月の命だと宣告されたら。(取れたらまだマシかもしれない)

こんなつもりではなかった、資格勉強なんてしなきゃよかった。とあなたは思うのではないか。

なんなら、上司や家族を恨むかもしれない。

その場合、価値観を押し付けた側はその恨まれる事実や自分の言葉で他人の人生を変えてしまったことに耐えられるのだろうか?

自分の言葉の影響で、人の人生を左右してしまった。後悔なのか。

はたまた、私は関係ない、自分で決めたじゃんという言葉なのか。

価値観を押し付けてくる人は、先の先のことまでは考えてない人もいると思う。

一方だけが解だと思い込むと、別の選択肢のデメリットメリットはわからなくなっちゃう。

結局じゃあどうするの?

結局じゃあどうするかについては、自分で選ぶしかないと思う。

自分の人生を生きると決めること、自分の心が動く方を選ぶこと。

他人は責任を取ってくれない。

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